ナルセ1世の死後

ナルセ1世の死後、ホルミズド2世の短い治世を経てシャープール2世が即位した。

シャープール2世は生まれる前に貴族や聖職者達によって擁立された。

ホルミズド2世には多くの息子がいたが、長男は貴族たちによって殺害され、次男、三男は幽閉されて王位から退けられた。

そしてまだ生まれてすらいない胎児であったシャープール2世が即位することが決定され、シャープール2世の母親のお腹の上に王冠が戴せられた。

こうしてシャープール2世は生まれると同時に即位し、少年時代を通じて貴族達の傀儡として過ごした。

しかし、彼は長じるに連れてその才能を示して実権を握りサーサーン朝史上最長の在位期間を持った王となった。

シャープール2世はスサの反乱を速やかに鎮圧するとともに都市を破壊した。

また前王の死後領内に侵入していたアラブ人と戦ってこれを撃退し、アラビア奥深くまで追撃して降伏させたという。

またローマ帝国との戦いでは、侵入してきたローマ皇帝ユリアヌスを戦死させ、アルメニアの支配権を握るなどした。

東方のトランスオクシアナでは恐らくフン族の一派が侵入してきたが、シャープール2世は彼らを同盟者とすることに成功した。
update:2010年03月07日